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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)65号 判決 1967年7月25日

原告 ジャパックス株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が、昭和四十一年三月十八日、昭和三十六年審判第二六四二号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

(特許庁における手続の経緯)

一、原告は、昭和三十六年七月二十九日、訴外井上潔から、同人の発明にかかる「金属粉末の焼結法」につき、特許を受ける権利を譲り受け、同年八月七日、右発明について特許出願したところ(昭和三十六年特許願第二七八三八号事件)、昭和三十七年九月二十八日拒絶査定を受けたので、同年十月三十日、これに対し審判を請求したが(昭和三十七年審判第二六四二号事件)、特許庁は昭和四十一年三月十八日原告の審判請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書の謄本は、同月三十日原告に送達された。

(本願発明の要旨)

二、被焼結金属粉末をその加熱時に生ずるガスが外部に抜け、かつ、粉体間で放電の可能な程度に加圧せしめた状態で、この粉体に衝撃電流を流して粉体間で放電を行わせ、その放電熱によつて焼結せしめることを特徴とする金属粉末の焼結法。

(審決の理由)

三、審決は、本願発明の要旨を前項のとおりと認定したうえ、原査定の拒絶理由に引用された特許第九七、三二一号明細書には、成形しようとする粉末を加圧しながら通電することにより焼結成形する方法に関し、非導電性塑型内において二層の炭素質材料間に金属炭化物の粉末材料の層を置き、該粉末材料に栓および延長部に接続する電流供給源から電流を通して瞬間的にこの粉末材料を半融温度迄加熱すると同時に、これに可動杆を介し喞子により圧力を加えるようにした実施装置が図示されている。右特許発明と対比するに本願発明は、被焼結金属粉末に加える圧力を、その加熱時に生ずるガスが外部に抜け、かつ粉体間の放電が可能な程度にし、また焼結のための熱供給は特に衝撃電流を流して粉体間に放電を行わしめて供給されるものであるが、この焼結時の圧力の点については、その焼結成形品の使途によりおのずとその選択され採用される金属粉末の種類と制約されかつ求められる機械的ないし物理的性質等により当然考慮されるべき事項と認められ、また焼結のための熱供給手段として衝撃電流による放電を行わせるようにした点には何等の具体的説明もなく、その効果も特に認められない。したがつて焼結成形しようとする粉未を加圧しながら通電するようにした上記引例が公知に属する以上、その圧力や通電電流を限定したことに特に顕著な差異が認められない本願発明は、特許法第二十九条第二項の規定により特許することができないとしている。

(不服事由)

四、しかしながら、右審決は、次の理由により違法であつて、取消しを免れない。

(一)  従来公知の金属粉末の加熱焼結法は、その熱源としてジユール熱を用いるものであり、したがつて、粉体間の接触圧力を高めてその接触をよくし、通電電流を多く流すために、加圧を通常毎平方糎につき約七十瓩ないし数百瓩前後にも高めている。しかしながらこのように高加圧により粉末間の通電抵抗を低下させると、同一電流に対して発生するジユール熱は低下することとなるため、毎平方糎当り約三、〇〇〇アンペア程度の通電を行なうこととなるが、このように通電電流を増大すると通電回路の接続線などでの熱損失が大きくなつて通電電力に対する加熱効率が著しく低下し、また、粉体間の圧力を高めたことによつて粉体相互間の接触面積が拡大し、粉体表面の附着ガスあるいは附着不純物の熱分解ガスが粉体と粉体との溶着部分に閉じこめられて空洞となり、また、その空洞はガス圧のため膨張し、ひいては爆発を起し、ピンホールの原因ともなるものである。さらにこのような従来の通電焼結法によると小さな焼結を行なうにも数万アンペア程度以上の通電を行なう必要があるから、大容量の通電電源を必要とし、また、加圧装置としても数瓩程度以上の大型装置が必要で焼結容器も高温高圧に耐えるようなものが必要であつた。

本願発明の焼結方法は、このような従来公知の方法の欠点を除くために考えられたもので、金属粉末を加熱するのにジユール熱を用いるのではなくして、主として衝撃電流による瞬滅放電熱を利用するものであるから、粉体に対する加圧力はそれ程大きいことを必要とせず、要は焼結時に生ずるガスが外部に抜ける程度(焼結時において粉末間の空げきによる空洞が完全に独立してガスを閉じこめてしまうようなことのない程度)で、かつ、粉体間における放電の可能な程度の値でよく、毎平方糎五ないし十瓩程度の圧力で十分である。本願発明は、このように従来法の約百分の一(本願明細書の「発明の詳細な説明」の項のこの点に関する記載中「十分の一」は「百分の一」の誤記である。)程度の低加圧にし、軽接触する粉体相互間(粉体間の通電抵抗は従来法の数倍ないし十倍程度)に平均値で毎平方糎当り約一、〇〇〇アンペア程度の衝撃電流を流して放電を行わせるのである。なお衝撃電流とは、通常の直流電流などとは異なり、短時間に大電流が流れて直ちに止むような電流のことをいい、直流電源によつて充電されているコンデンサーの回路を閉じて抵抗値の低い導線で短絡放電した場合に導線中に流れる電流、右の導線の代りに火花間げきをコンデンサーに接続した場合に火花間げきに流れる電流、または落雷の際の電流などがその最も普通の例である。

衝撃電流を用いれば、軽接触で通電抵抗の高い粉体間に、しかも各粉体表面の微小面積に大電流が瞬間的に流れて、きわめて高い放電熱が発生するから、加熱効率がきわめて高く、衝撃電流を流す電源を小型にして短時間に焼結することができ、粉体に加圧するプレス装置も小型にすることができる。さらに加熱時に発生するガスも、粉体間が小面積で軽接触しているから容易に外部に抜けることができて粉体間に閉じこめられることがなく、ピンホールなどの全くない焼結品がえられる等従来法の欠点を除去することができる。

(二)  これに対し、審決が本願発明とその要旨をひとしくするものとした特許第九七三二一号明細書に記載された金属粉末の焼結成形方法(以下、引例という。)は、審決理由中に示されたとおりで、上記(一)に述べた、従来公知の粉体間に通電してジユール熱で粉末を焼結する方法と何ら変るところのないものである。詳説すれば、引例は、その明細書に記載するとおり、先行発明である特許第七九一八八号の権利を使用するものであるが、右特許の明細書中には、塑型内に粉末材料を入れ、混合物の半融程度において、それに圧力を加えることにより粉末材料より、密着金属構体を製造する方法が示されていて、その実施例装置として図示説明されているところによれば、焼結粉末に加えられる圧力は毎平方時につき約一、〇〇〇封度、これを換算すれば毎平方糎につき約七八・五瓩となり、本願発明における約五ないし十瓩の軽加圧に対し約十倍の高加圧である。このような粉体間を高加圧した状態で通電すると放電が発生しなくなるもので、引例明細書中にも放電なる記載はなく、また通電に衝撃電流を使用することを示唆する記載も全く見られない。要するに、引例は、加熱効率の低いジユール熱のみで粉体を加熱する従来公知に属する通電焼結法にかかる発明であることは明らかであり、さきに述べた従来法の欠点をそのまま具有するものである。なお、引例の明細書中に「……粉末材料に電流を通じてこれを瞬時にその半融温度迄加熱すると同時に……」と記載されているが、引例を含む従来法は加熱にジユール熱を利用する関係上その「瞬時的」はいわゆるミニユツト・オーダーであるのに対し、放電熱を用いる本願発明における焼結時間は10-6秒のセコンド・オーダーであつて、ひとしく瞬間的といつても時間的オーダーを異にするものである。

(三)  しかるに、本件審決は、本願発明と引例とを比較するに当り、加圧力の著大な差異について、単に、焼結時の圧力の点は、焼結成形品の使途により選択される金属粉末の種類とその機械的、物理的性質等により当然考慮されるべき事項と認められるとしている。これは粉体間に加える圧力を従来の百分の一程度に低くするという本願発明の最も重要点の一を全く無視したもので、本願発明の内容を正しく把握していないものである。

また、審決は、本願発明は焼結のための熱供給手段として、衝撃電流による放電を行わせるようにした点について何ら具体的説明もなく、その効果も特に認められないとしているけれども、さきに衝撃電流の説明において例示したとおり、コンデンサーから火花間げきに衝撃電流を流すことによつて放電を発生することは、電気工学上明確なことであり、粉末と粉末との間げきは、この火花間げきに相当し、また衝撃電流による方が通常の直流電流などより放電が容易に発生することは、当業者のたやすく理解しうるところであつて、その効果も明瞭であるから、審決は、この点においても本願発明の特徴につき理解を欠くものである。

さらに、審決が、焼結しようとする粉末を加圧しながら通電するようにした引例が公知に属する以上、その圧力や通電電流を限定したことに特に顕著な差異が認められないと結論しているのは、上述したところから明らかなように、要するに、本願発明の上記の特殊な構成要件及びその特有な効果に対する無理解ないし誤解に基づくものであつて、結局、審決は本願発明及び引例の内容についての認識を誤つたものである。

第三答弁

被告指定代理人は、請求棄却の判決を求め、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、請求の原因第一項から第三項までの事実は、認める。

二、同第四項は争う。審決には、原告主張のような違法はない。

(一)  引例はジユール熱を加熱源とするのに対し、本願発明は、主として放電熱で加熱するものであるが、原告も述べるように粉体間を高加圧した状態で通電すると粉体間に放電が発生しなくなるとすれば、加圧の程度の差こそあれ、本願発明においても、粉末は加圧下にあるものであるから、当然にジユール熱によると考えられるのみならず、作用効果の点においても本願発明と引例との間に原告主張のような著しい差異があるものではない。すなわち、引例の方法においても、焼結時にもし空洞中にガスが閉じこめられ、その圧力が高められる場合が予想されるとしても、このような高圧ガスは爆発以前に焼結粉体の融着面を破壊し、随時排出され爆発に至ることはないし、焼結するという範ちゆうの技術に関するものである以上、粉体の接触界面が融着しなければならないことは当然であり、焼結成形品の使途により選ぶべき金属粉末材料、粉体の形状、ばらつきの度合、焼結時の圧力、もし加熱源として電力を用いる場合はその通電条件等を考慮すべきは焼結技術の分野における常識であるから従来公知の通電焼結法によつたものは、すべて「ピンホール」を生じたとするのは極論である。

(二)  衝撃電流の概念が、原告主張の如きものであることは否定しないが、通信技術関係でいう弱電と電力関係でいう強電の場合とでは衝撃電流自体に差異があろうし、概念的に「短時間」「大電流」といつてもその程度は不明であるから、単に衝撃電流による放電というのみでは、本願発明の主題に対する具体的説明として不十分である。また焼結の対象である金属粉末材料も、高融点材料から比較的低融点材料まで焼結される範囲はきわめて広いから、本願発明のように具体的手段、数値を示すことなく単に衝撃電流による放電熱により金属粉末を焼結するといつても果して諸種の金属粉末のすべてが一様に原告主張のような10-6秒で焼結されるかどうかは、当業者にとつて容易に理解しうることとはいい難い。

このように、本願発明は、衝撃電流を確定せず、どのような大電流を、どのような被焼結材料をどのような使途に合致せしめるために、どのような加圧状態の下に、どのような手段で通電するか等について、その発明の内容を示していないから、引例の方法も加圧しながら通電して金属粉末を焼結成形するものである以上、本願発明をもつて右引例から容易に推考しうるものとした本件審決は正当である。

第四証拠関係<省略>

理由

一、特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由が、いずれも、原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二、右争いのない本願発明の要旨は、「被焼結金属粉末を、その加熱時に生ずるガスが外部に抜け、かつ粉体間で放電の可能な程度に加圧せしめた状態で、この粉体に衝撃電流を流して粉体間で放電を行わせ、その放電熱によつて焼結せしめることを特徴とする金属粉末の焼結法」にあるところ、その成立に争いのない甲第一号証によれば、本願発明は、右の方法により粉体間の加圧力を低くして、その加圧機構及び操作をきわめて簡素化することができ、焼結粉末をいたつて小面積で結合するから、ガスの抜け具合が良好で、ガスによる爆発を防止できるとともに熱変質層の少い焼結品がえられる点をその作用効果とすることが認められる。

一方、前記当事者間に争いのない事実とその成立に争いのない甲第三、第四号証によれば、引例は、昭和七年九月十六日特許されたもので、その明細書には、成形しようとする粉末を加圧しながら、通電することにより焼結成形する方法に関し、非導電性塑型内において二層の炭素質材料間に金属炭化物の粉末材料の層を置き、右粉末材料に栓及び延長部に接続する電流供給源から電流を通じて瞬時的にこの粉末材料を半融温度まで加熱すると同時に、これに可動杆を介し喞子により圧力を加えるようにした実施装置が図示説明されていること、引例は昭和三年十一月三十日に特許された特許第七九、一八八号の権利を使用するものであることが認められる。そして引例による焼結には熱源として金属粉末に対する通電によるジユール熱を利用するものであることは被告の認めるところである。

三、以上の事実に基づいて、本願発明と引例とを比較するに、両者は、ともに電気的加熱によつて金属粉末を焼結成形する方法にかかるものであるが、前者は、熱源として衝撃電流による放電熱を用いるのに対し、後者は金属粉末に通電してジユール熱によつてこれを焼結する点において差異を有するところ、衝撃電流とは短時間に大電流が流れて直ちに止むような電流をいい、その性質において、通常の電流とは明確に区別されることは、電気工学上明らかであるから、両者は、その加熱源において、電気工学的に全くその性質を異にするものといわなければならない。そして前記甲第一号証によれば、本願発明は、従来行われた金属粉体に通電してジユール熱により粉体を焼結する方法の改良に関するものであつて、ジユール熱にかえて衝撃電流による放電熱を利用することによつて、従来法の欠陥を除去して、上記二に述べた特殊な作用効果を所期することを内容とするものであることが認められる。

以上の比較検討により明らかなとおり、本願発明と引例とは、ひとしく加圧下に電気的加熱により金属粉末を焼結する方法といいながら、その熱源ないし加熱手段の電気工学的性質を異にし、したがつて、また、所期の作用効果を異にするものであるから、両者は、その技術思想を異にするものというべく、本願発明をもつて、引例に基づいて容易に発明をすることができたものと解することはできない。

被告は、本願発明は、衝撃電流の利用についての具体的手段、数値、あるいは、被焼結材料の種類、焼成品の使途等発明の内容について何ら示すところなくして、ただ、衝撃電流により金属粉末を焼結するというのみであるから、ひとしく加圧下に電流を流して金属粉末を焼結する方法として引例が存在する以上、これから容易に推考できるというべきであると主張する。しかしながら、前記甲第一号証によれば、なるほど本願発明の明細書には、実施例をあげて、具体的に詳説するところはないけれども、本願発明が、従来法におけるジユール熱にかえて、粉体間に放電を発生させたときの放電熱を利用すること、その放電は衝撃電流による瞬滅的なものであること、及びこれによつて特別の効果を奏することが記載されており、これらの記載と、広く知られた衝撃電流の上記電気工学上の性質とを考え合わせれば、本願明細書における発明内容の開示が、当業者にとつて本願発明と引例との上記の差異を示すに不十分なものとはいい難く、被告の右主張は、両者の差異を無視すべきものとする根拠となしえないこと明らかである。さらに、被告は、本願発明においても加圧の程度によつてはジユール熱による場合も考えられ、また、本願明細書には、加圧の程度につき、従来法の約「十分の一」と記載されていて、これによれば本願発明も引例も加圧の程度につき大差がないと主張するが、前記甲第一号証によると、明細書には「従前の場合に比し約10分の1たる5~10kg/cm2」と毎平方糎当りの瓩数の記載があつて、同明細書の他の部分の記載と対照すれば、右「十分の一」は「百分の一」の誤記ともみられるのみならず、本願発明のように衝撃電流による放電熱を用いる場合は、ジユール熱による場合に比して、粉末に対する加圧が、具体的数値は別としても、相当低度で足りるべきことは、電気工学上当然考えられるところであるから、被告の右主張も理由がない。

四、右のとおりである以上、本願発明を引例に基づいて容易に発明することができるものとした本件審決は、その判断を誤つた違法のものといわざるをえず、その取り消しを求める原告の本訴請求は正当であるから、本件審決を取り消し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢文雄 影山勇 荒木秀一)

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